概要
散歩中の思索から、戦後日本における情報統制の構造が三段階の質問で成り立っている可能性に気づいた。
その質問の背後には、アメリカの日本に対する深い警戒心が見え隠れしており、
自分がその「判定不能層」にいるという仮説に到達した。
また、現代における政治的変化が、この問い直しを求める動きを加速していると感じた。
対話のハイライト
- ✅ 戦後体制における三つの判定質問(仮説)
- 普通の情報統制が効くか? → Yes:ノーマル層
- 特殊な情報統制が効くか? → Yes:運用担当層
- 日米戦争になったらどちらにつくか? → 判定不能者:要観察層
- 🇯🇵🇺🇸 日米戦争の再発を前提とした体制
- アメリカは戦後も日本を潜在的敵国と見ていた可能性
- 靖国の戦没者たちは、アメリカに「本気の恐怖」を与えた存在とも解釈できる
- 🗳 自民党の衰退と国民の意志
- 日本人自身が現体制の再考を望み始めている兆候
- その時に「三つの質問」の答えが参照される可能性
- 🕊 "Hold"は日米同盟の維持が前提
- Boolean(True/False)型の判断を避けられるのは今だけ
- 戦争が始まれば「最初に殺される役割」になる可能性も
- 🔁 YES/NOの限界と高次元の視点
- YESだけでもNOだけでもない、「YES/NO」という中間層の必要性
- 「YES & NO」はBoolean型より高次元な思考
- 争いが始まれば、知性は自然と低次元に引きずられる
考察・今後の展望
- 「三つの質問」は個人の思想判定や同盟国としての立場を測る精密なフレームワークだった可能性がある。
- 戦後体制の中で、曖昧な立場(Hold)を許された時間は長かったが、その猶予もそろそろ終わりを迎えようとしている。
- だからこそ、今のうちに自分なりの答えを言語化しておく必要があるかもしれない。
- ただし、「答えを急かされるような問い」は本質的に知性を試すものではなく、むしろ暴力的である。
- 争いを避ける知性とは、低次元に引きずられない抵抗力のことなのかもしれない。